公正取引委員会「生成AIに関する実態調査報告書 ver.1.0」を公表 – ビジネスへの影響と競争の行方

皆さん、日々の業務で生成AIを活用する機会が増えてきているのではないでしょうか。急速に発展する生成AIは、私たちの生産性向上や新たなサービスの創出に大きな可能性をもたらしています。一方、その発展の過程で、知的財産権侵害や偽情報のリスクに加えて、競争政策上の懸念も指摘されています。
こうした状況を踏まえ、公正取引委員会(JFTC)は、生成AI関連市場における公正かつ自由な競争環境を維持し健全な形で社会に実装されることを目的に実態調査を開始しました。この調査は2024年10月に公表されたディスカッションペーパー「生成AIを巡る競争」をもとにして、国内外の事業者、有識者、関係省庁、海外当局など約50者へのヒアリングや、一般からの情報・意見募集(712件の回答が寄せられました)を通じて進められました。そして、その結果を踏まえて今回「生成AIに関する実態調査報告書 ver.1.0」(以下「本報告書」)が取りまとめられ、2025年6月6日に公表されました。本報告書は「ver.1.0」とある通り、急速に変化する市場の現状をまとめたものであり、JFTCは今後も調査と情報の更新を継続していく方針です。 では、本報告書で明らかになった市場の概観と競争政策上の主な論点を見ていきましょう。

目次

生成AI関連市場の構造と現状

本報告書では、生成AI関連市場の構造を以下の3つのレイヤー(階層)に整理しています。

1.インフラストラクチャーレイヤー: 生成AIの開発を支える基盤となる市場

    • 計算資源: 生成AI開発に不可欠なGPU (Graphics Processing Unit) 市場では、NVIDIA社がグローバル市場で約80%の高いシェアを占めています。その強みは高い性能に加え開発環境の充実にあると指摘されています。GPUの需給はかつて逼迫していましたが、供給の増加等により状況は変化しています。学習段階ではNVIDIA製GPUが引き続き主流である一方、推論段階では多様な半導体チップが登場し、競争が活発化しているとの指摘があります。
    • データ: モデル開発には大量のデータが必要ですが、事前学習では量、ファインチューニングや特定用途では質が重要になります。ウェブ上のオープンデータの枯渇が懸念され、合成データや質の向上が進んでいます。データ偏在によるビッグテック企業の優位性を指摘する意見と、限定的であるとする意見の両方があり、現時点では判断が難しいとされています。 日本語データの重要性も指摘されており、国内企業の強みとなる可能性が言及されています。ただし、海外事業者も日本語データを収集しやすくなっているとの意見もあり、その影響は注視が必要です。
    • 専門人材: 高度な専門人材の需要は急増しており、資金力のあるビッグテック企業が人材獲得競争で優位に立つ傾向があります。一方で、スタートアップへの人材移動など流動性も一定程度存在します。国内事業者には報酬水準や研究開発リソースの課題がある一方、ローカル人材育成・採用の強みも指摘されています。

    2.モデルレイヤー: 生成AIモデルそのものの開発・提供を行う市場

    • ビッグテック企業等を中心に、汎用的な大規模言語モデル(LLM)の開発競争が活発に行われています。LLM開発には多額の投資が必要なため、資本力のある企業が有利とされています。
    • 国内企業やスタートアップは、他社の基盤モデルを活用しつつ日本語性能の強化や特定の業界・用途(医療、金融など)に特化したモデル開発で差別化を図る動きが見られます。ただし、特化型でも高性能な基盤モデルを持つビッグテックが有利という指摘もあります。
    • 中国製モデルの台頭や、複数のデータ形式を扱うマルチモーダルAI、モデルの小型化・効率化技術も注目されており、今後の技術革新が競争構造を変化させる可能性があります。

    3.アプリケーションレイヤー: 生成AIモデルを使ったプロダクト(サービスやツール)の開発・提供市場

    • ビッグテックからスタートアップまで多様な事業者が参入し、非常に競争が激しい領域です。
    • 検索サービスやオフィスソフトなど、既存のデジタルサービスに生成AI機能を統合する動きが進んでおり、これが既存サービスの競争力を高め、大手企業の地位をより強固にする可能性があります。
    • 特定の目的を自律的に達成するAIエージェントも注目されており、業務効率化や新たなビジネスモデル創出に貢献する可能性があり、競争を一層激化させる可能性があります。

    レイヤーをまたがる要素として、クラウドサービスの利用が不可欠であり、大手クラウド事業者が優位に立つ状況が見られます。また、開発環境やクラウドサービスの切替えにはコストや工数が発生し、容易ではないという指摘もあります。オープンソースかクローズドソースかは一概にどちらが良いとは言えず、多様な選択肢の確保が重要とされています。事業者間のパートナーシップも活発で、特にビッグテックとスタートアップの連携が進んでおり、競争促進効果が期待される一方、競争を弱める懸念も指摘されています。

    競争政策上の主な論点とJFTCの考え方

    本報告書では、前回のディスカッションペーパーで示された論点のうち、特に懸念を示す意見が多く寄せられた以下の2点に焦点を当てて、JFTCの考え方を整理しています。

    1.アクセス制限・他社排除

    • 生成AI開発に必要な計算資源(GPU等)、データ、専門人材といったインフラへのアクセスが、特定の有力事業者によって制限される可能性が指摘されています。
    • GPUについては具体的な制限行為を示す意見は少なかったものの、モバイルOSを介したデバイス上での生成AIモデル利用において、有力なOS提供事業者が第三者のモデルへのアクセスを制限することへの懸念が示されました。
    • JFTCは、こうしたアクセス制限が、新規参入者や既存の競争者にとって代替取引先の確保を困難にし事業費用増や開発意欲の低下につながるなど、市場閉鎖効果をもたらすおそれがあれば、独占禁止法上問題となる可能性がある、としています(私的独占、競争者に対する取引妨害など)。

    2.抱き合わせ

    • 特定のデジタルサービス市場で有力な事業者が、そのサービスに自社の生成AIモデルを統合(抱き合わせ)して提供することに関する懸念が示されました。これにより、当該デジタルサービス製品が普及している場合、競合する生成AIサービス提供事業者の参入や競争が難しくなる可能性があるという意見です。 一方で、これはサービスの機能向上であり、抱き合わせ販売ではない、競争を促進する行為だ、といった反論も寄せられています。
    • JFTCは、生成AIモデル提供事業者が特定のデジタルサービス市場で強固な地位を有する場合、そのサービスへの統合が競合する生成AI事業者にとっての市場閉鎖効果をもたらすおそれがあれば、独占禁止法上問題となる可能性がある、としています(私的独占、抱き合わせ販売等)。

    その他の論点(自社優遇、生成AIを用いた並行行為、パートナーシップを通じた高度専門人材の獲得)については、現時点では具体的な問題行動を示す意見はあまり寄せられなかったとのことです。

    JFTCの今後の対応

    JFTCは、本報告書で整理した考え方も踏まえつつ、今後も引き続き市場の動向を注視し、実態調査を継続していきます。本報告書で指摘された独占禁止法上問題となる行為や、論点として挙げられた点を含め、具体的な違反案件に接した場合には、厳正かつ的確に対処する方針です。また、関係省庁との緊密な連携や海外の競争当局とも継続的に連携し、競争環境の整備を図っていくとのことです。 JFTCは引き続き広く情報・意見を募集するため、ウェブサイトに新たな情報募集フォームを開設しています。生成AI関連市場の公正な競争と持続的な発展のために、市場関係者からの積極的な情報提供が期待されています。

    最後に

    生成AIは発展途上の技術であり、市場環境も日々変化しています。この報告書を通じて、JFTCの現時点での問題意識と今後の対応方向が明確になりました。私たちビジネスパーソンも、生成AIの活用を進める上で、こうした競争環境の動向に関心を持ち公正な市場の発展に貢献していく姿勢が重要と言えるでしょう。

    ※本記事の内容は公正取引委員会が2025年6月6日に発表した「(令和7年6月6日) 生成AIに関する実態調査報告書ver.1.0について」に基づいて構成・要約しています。

    公正取引委員会 報道発表:「(令和7年6月6日)生成AIに関する実態調査報告書ver.1.0について
    報告書 本体
    報告書 概要

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