「2025年版ものづくり白書」から読み解く、未来への羅針盤

ものづくりに携わる企業にとって重要な指針となる「2025年版ものづくり白書」が、2025年5月30日に閣議決定されました。この白書は、ものづくり基盤技術振興基本法に基づき、経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省が連携して作成し、毎年国会に報告される年次報告書です。 このブログ記事では、最新の白書が日本のものづくり、特に中小企業の現状と今後について何を語っているのか、これからどのように進むべきかについて、白書の内容を踏まえてお話ししたいと思います。
「2025年版ものづくり白書」のポイント
白書は大きく二つの部分から構成されています。第1部で現状と課題を分析し、第2部でそれに対する政府の施策がまとめられています。
第1部:ものづくりを取り巻く「今」と向き合う
現在の日本の製造業は、GDPの約2割を占める基幹産業であり、労働生産性も全産業平均を上回っています。営業利益も2024年には回復し、20兆円台に達しています。 しかし、足元では厳しい事業環境に直面しています。白書が行った調査によると、多くの事業者が「原材料価格・エネルギー価格の高騰」や「労働力不足」を挙げており、特に原材料価格の高騰は全ての業種で最も影響が大きいとされています。また、「賃上げ要請」や「物流コストの上昇」も影響を増しています。 こうした変化に対し、企業の多くは「価格転嫁」、「賃上げ」、「人材確保」、「設備投資」といった対応を進めています。特に価格転嫁は多くの企業で実施されていますが、中小企業においては「取引先からの理解が得にくい/取引先との交渉が困難」という理由から、十分に進んでいない状況も見られます。 人材育成の面では、製造業の就業者数は微減傾向にあり、特に若年就業者の割合が低下しています。中小企業では人手不足感が強く、能力開発や人材育成に問題を抱える事業所の割合が高いことが示されています。具体的な問題点としては、「指導する人材が不足している」が最も多く、次いで「人材を育成しても辞めてしまう」、「人材育成を行う時間がない」といった点が挙げられています。中小企業では、能力開発の実施率が大規模事業所に比べて低いという課題もあります。
- DX(デジタル技術を活用した業務改善)については、ものづくり企業の約7割が取り組みを行っており、「製造」や「生産管理」といった工程での実施が多く見られます。しかし、製品・サービスの創出やビジネスモデルの変革といった領域での成果創出は限定的です。中小企業では、デジタル技術導入のきっかけとして「経営者・役員の発案」の割合が高い一方、大企業では「社内からの要望」や「デジタル技術に精通した社員」が主導するケースが多いなど、企業規模による違いが見られます。また、デジタル技術導入に際して人材を「確保していない」企業も約2割存在します。
- 経済安全保障に関しては、他の取り組み(環境適合やDX)に比べて、「行っていない」と回答した製造事業者が約6割と、まだ浸透が進んでいません。その理由としては、「自社の経営において必要性を感じていない」、「何をすべきかわからない」、「社内でも話題に上がっていない」といった回答が多く聞かれます。一方で、経済安全保障の取り組みは、「事業の継続(安定的な調達・生産・供給等)」に有効であり、中長期的には収益の増加や損失の低減につながるとの見通しを持つ企業も多く存在します。
第2部:ものづくりを支える政府の取り組み
白書では、これらの現状と課題を踏まえ、令和6年度に講じられた多岐にわたる施策が紹介されています。
- 研究開発の推進:AI、量子技術、マテリアル、宇宙などの先端技術や、蓄電池、炭素循環といったGX関連技術、サプライチェーン強靱化に資する技術開発などを支援しています。中小企業向けには、ものづくり補助金やGo-Tech事業(成長型中小企業等研究開発支援事業)などの支援策が講じられています。
- 産業振興:サイバーセキュリティの強化、知的財産の取得・活用支援、戦略的な標準化推進、サプライチェーン・データ連携基盤の構築などが図られています。
- 中堅・中小企業支援:価格転嫁対策(価格交渉促進月間、パートナーシップ構築宣言の推進)、事業承継・引継ぎ支援、海外展開支援、技術研修、相談、ものづくり基盤技術強化のための補助金や税制優遇などが実施されています。
- 人材育成:ハローワークでの就職支援、雇用安定・促進のための助成金(人材確保等支援助成金、早期再就職支援等助成金など)、ハロートレーニング(公的職業訓練)の推進、事業主が行う職業能力開発への支援(人材開発支援助成金、認定職業訓練支援)、外国人材の受け入れ支援などが含まれます。特に、企業内での能力開発を促進するため、人材開発支援助成金における長期教育訓練休暇制度の時間単位休暇化や、中小企業への賃金助成額引き上げなどが実施されています。生産性向上人材育成支援センターによる相談・訓練支援も行われています。
- 学習の振興:小・中・高・高専・専修学校におけるものづくり教育の充実、社会人の学び直し(リカレント教育)支援(実践的な教育プログラムの開発、情報提供ポータルサイト「マナパス」の整備など)、数理・データサイエンス・AI教育や半導体人材育成の推進、理系女子支援、文化芸術資源の保護・継承・活用などが含まれます。
- 災害等からの復旧・復興、強靱化:東日本大震災、最近の能登半島地震など、過去の災害やコロナ禍、原材料・エネルギー価格高騰からの復旧支援や、サプライチェーン強靱化に向けた支援策が継続して実施されています。
中小企業の経営者がこれから取り組むべきこと
白書が示す現状と政府の施策を踏まえ、中小企業の経営者がこれから取り組むべきことについて纏めます。
1.厳しい経営環境への対応力を高める
- 原材料高やエネルギー高、物流コスト増は今後も続く可能性があります。コスト増加分を適切に価格に転嫁できるよう、取引先との丁寧なコミュニケーションと交渉を継続していきましょう。政府もパートナーシップ構築宣言や価格交渉促進月間などで価格転嫁を後押ししています。
- 省エネルギー設備への投資も、コスト削減とGX推進の両面で重要です。政府の補助金(省エネ・非化石転換補助金など)を活用しましょう。
2.「人」への投資を強化する
- 労働力不足は深刻な課題であり、若手人材の確保・育成は喫緊の課題です。社内での「指導する人材不足」や「育成時間がない」といった課題に対し、計画的な能力開発に取り組みましょう。
- 人材開発支援助成金は、労働者の職業訓練等にかかる経費や賃金の一部を助成する強力なツールです。積極的に活用し、社員のスキルアップを支援することで、生産性向上や定着率向上につなげられます。生産性向上人材育成支援センターなどの相談窓口も利用できます。
- 外国人材の活用も選択肢の一つです。政府も受け入れ支援を行っています。
- ベテラン技能者のノウハウ継承は、技能継承のための特別な教育訓練や、雇用延長・再雇用などを検討しましょう。
3.DX推進を「自分事」として取り組む
- DXは生産性向上や業務効率化に不可欠であり、人手不足対策としても有効です。中小企業では経営者主導で始めるケースが多いですが、現場の要望を取り入れつつ、スモールスタートでも良いのでまずは取り組んでみましょう。
- DX人材の確保は難しいかもしれませんが、「社内人材の活用・育成」が最も一般的な方法です。OJTや社外研修、情報提供などを組み合わせて、社員がデジタル技術に慣れ親しめる環境を作りましょう。生産性向上人材育成支援センターは、DX対応訓練の相談・支援も行っています。
- 製造、生産管理、事務処理など、自社の課題解決に直結する工程からデジタル技術を導入することを検討しましょう。
- サプライチェーン全体でのデータ連携も競争力強化に資します。まずは、自社の取引先との間でのデータ共有やデジタル化を進めることを検討しましょう。
4.経済安全保障の視点を持つ
- 「必要性を感じない」「何をすべきかわからない」という企業が多い状況ですが、経済安全保障への対応は、事業継続リスクを低減し、中長期的には収益にも良い影響をもたらす可能性を秘めています。まずは、情報収集から始めましょう。政府が公表している民間ベストプラクティス集なども参考になります。
- 自社のサプライチェーンのリスク(特定の調達先への過度な依存など)を把握することから始め、部材調達先の多元化などを検討しましょう。
- サイバーセキュリティ対策の強化も重要です。工場システムのネットワーク化が進む中で、情報管理体制を見直しましょう。
5.政府の支援策を積極的に活用する
- 第2部には、中小企業向けの様々な支援策が具体的に記載されています。補助金、税制優遇、相談窓口、人材育成支援、海外展開支援など、自社の課題解決に役立つ施策がないか、白書や経済産業省、厚生労働省、文部科学省のウェブサイトなどで確認し、積極的に活用を検討しましょう。
終わりに
「2025年版ものづくり白書」は、日本のものづくり産業が直面する厳しい現実と、それに対する国の強い意志と具体的な支援策を示しています。私たち中小ものづくり企業にとって、変化は挑戦であると同時に、新たな成長の機会でもあります。 この白書を未来への羅針盤として、人手不足、コスト高騰、DX、経済安全保障、GXといった多様な課題に、政府の支援も活用しながら果敢に立ち向かい、競争力を強化し、持続的な成長を実現していきましょう。皆様のものづくりが、これからも日本の、そして世界の未来を支え続けることを心から願っております。
(注記) 本ブログ記事は、公開された「2025年版ものづくり白書」(令和6年度ものづくり基盤技術の振興施策)の抜粋等を基に作成しており、白書の内容全てを網羅するものではありません。詳細は、原文をご確認ください。